フィフティーンハーフ
新しい年を数分後に控えて、ルルーシュは白い息を吐き出した。
とはいっても、外にいるわけではない。
紛れも無くそこはルルーシュの自室内だが、暖房の切られた部屋は外と変わらなく気温が低く、冷たい。
『ごめん、ルルーシュ』
そう彼の声を聞いたのは何時間前だろう。
新年を一緒に迎えようと言ったスザクの言葉が、言葉には出さなかったが嬉しかった。
しかし、軍という特殊な環境に身を置くが故の、スザクの姿の無い現在の状況はルルーシュの想定内といえば想定内だ。
ただ、起こって欲しくなかった事態である事には違いない。
自然と洩れた息は、重くなる。
「日本では年末には『良いお年をお過ごしください』って挨拶するんですって。今日はおやすみなさいじゃなくて、その方がいいのでしょうか」
そう言ったナナリーの言葉は、スザクに教えてもらったものだと聞いた。
先日会った時に、今年最後になるかもしれないから、とスザクに言われたらしい。
もちろんルルーシュは初耳の事だ。
「また来年もよろしく、ナナリー」
「はい。こちらこそよろしくお願いします、お兄様」
『おやすみなさい』と響いた声に、部屋に戻ったのが22時前の事。
現在、時計の指す時間は23:44。
気がつけば、2時間程度も明かりも暖房も無い部屋にいたらしい。
さすがに寒さを覚えて、とりあえずと暗い部屋に明かりをつけた。
眠気も襲ってこないこの状態で、ベッドに入る気にもならない。
と、ふいに携帯の呼び出し音が鳴った。
何となく予想はついて、早く出たい気持ちを抑えてあくまで落ち着いた風に電話を取る。
「は…」
「ルルーシュ、起きてるっ!?」
「…起きてるが、どうしたんだ?」
ルルーシュが声を発する前に、携帯電話の向こうからスザクの声が響いた。
そのスザクの息は切れていて、走っているのか、風が強いのか、受話器に空気の音がスザクの声に混じって聞こえた。
「電気が、急に点いたから」
「あぁ、起きてた」
『鍵開いてるから、入って来い』とだけ言って電話を切ると、外を覗いた。
スザクの姿はルルーシュからは確認できない。
とすれば、スザクが来るには少し時間があるだろうと、ルルーシュは手早く湯をセットしてスザクの為に温かい紅茶を用意する。
それを自室へ運ぶとすぐに、扉をノックする音が控えめに響いた。
「鍵は開いている」
プライベートに踏み込まれる事を嫌うルルーシュは、普段鍵をかける事が多い。
鍵が開いている、という事は入ってもいいとの許可と同義だ。
ルルーシュの声に応えて開いた扉から、肩で大きく息をするスザクがルルーシュの姿を見つけてにこりと微笑を浮かべる。
そのスザクの表情に無意識にルルーシュも笑みを返すと、息を整える間もなくルルーシュの身体を抱き締めた。
「おかえり、スザ…」
「ちょっと!僕より冷たいよ!ルルーシュ」
「…いきなりの言葉がそれか?」
「だって…」
室内にいたはずのルルーシュの身体が、先程まで外にいた自分の身体と同じくらい冷たければ、驚くのも無理は無いだろう。
しかし、仮にも恋人といっても過言ではない相手を抱き締めた第一声がそれかと、ルルーシュの言葉に怒りが含まれる。
「暖房付けてなかったからな」
「何で…」
「何故だろうな」
つい、とスザクから身体を離して、用意していたティーセットをセッティングをする。
先程沸かしたばかりのお湯が、少しだけ暖かくなった室内に湯気を立てた。
スザクに背を向ける形になったルルーシュが、そういえば椅子も勧めてなかったな…と思い立ったその時だった。
「……もしかして、寂しかった…とか?」
「っ!」
思わぬスザクの言葉に手が震えた。
何とか食器を割る事だけは免れたが、かちゃりと音を立てる事は避けられなかった。
その音で、ルルーシュの動揺があっさりとスザクに伝わってしまう。
ルルーシュは背後にスザクの小さな笑い声を聞いた気がして、手が止まる。
「ねぇ、ルルーシュ。寂しかった?」
「別に」
背後から抱き締められて、ルルーシュは完全にスザクのペースにのまれていた。
ルルーシュがティーセットを置いた事を確かめてから、スザクは彼の顎を捉えて小さく口付けを贈る。
「素直じゃないんだから、ルルーシュは」
「…そういう所も好きだろう?」
「強気だなぁ…」
この想い人が主導権を握られる事を嫌う事をスザクは知っている。
それでも、最後のラインで譲ってはやらない。
「ルルーシュの事は、残らず全部好きだよ」
新年一番最初に彼と言葉を交わせる事に幸せを感じて、今年最初のキスをした。
2006.12.31
「おいスザク!朝早くから起きて初日の出見るんだろ!?」
「もういいや。それよりルルーシュの方がいい」
「それって比較対象にするものじゃないだろう!コラ、離せって!」
「そろそろ観念しようよ、ルルーシュ」
「出来るか!明日起きれなくなる!」
「いいじゃない。初日の出より姫初めの方に惹かれる」
「姫初め…?」
「じっくり教えてあげるよ、ルルーシュ」
「……その笑顔は嫌な予感がするからいい」
「もう遅いよ」
「ちょ…スザ…んっ!」
「これからもずっと好きだよ、ルルーシュ」