tears



悪逆皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
その名前は、遠い未来には正史から抹消されるかもしれない名前だ。
世界を掌握して2ヶ月、華々しく処刑場へと向かう最中に英雄ゼロに殺された者。
そして、裏を見ればゼロを英雄へと押し上げた人物の名でもある。



―――そのルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが死んでちょうど一年。
世界が圧政から解放された日として行われた式典も滞りなく終わり、自室へと引き揚げたスザクはゼロの仮面を外すと、両手で丁寧に定位置へと置いた。
この部屋以外で、仮面を外す事は一生ない。
そう決めた日からも今日でちょうど一年。
もちろん争いが完全に無くなる事はないものの、現状はうまくまとまっていると、スザクの目からも思う。
式典の前後の街の様子は、今日という日が圧政という支配から解放された日としてカレンダーに刻まれるのもそう遠くない気がする程だった。
9月か、とカレンダーへ目をやったスザクは、その身体をソファに沈める。
ルルーシュと過ごした時間の中で、互いの正体を知らずに過ごした日々が幸せを定義するならば、その季節は少ない。
もちろん、その身体に手を伸ばした事は数えきれない程ある。
学校に毎日行けなかったとしても、同級生としての学園生活話ならたくさんある。
けれど、二人だけの純粋な思い出を考えればきっと手の数で事足りるだろう。
その思い出の中に、9月が含まれているなんて皮肉でしかない。





「来週の9月の終りの方さ、空いてる日ある?」


いつものようにルルーシュの私室へと迎え入れられると、スザクは自分用に用意されてすっかり見慣れたカップを受け取った。
どこから手に入れたのか時折緑茶まで出てくるから、スザクは両手でカップを包み込んでその暖かさを堪能する。


「なんだ、藪から棒に」
「デートしよう」
「何だ突然脈略もなく!」


きっとルルーシュのシュミレーションにはない言葉だったのだろう。
相変わらず突発事項には弱いなぁ、なんてちょっとだけ笑みを浮かべながら、カップの中の薄い色を一口含んだ。


「僕とルルーシュの誕生日の真ん中だから」
「は?」
「知らない?真ん中バースデーって、仲のいい友達同士でちょうど誕生日の間を祝ったりするんだよ。小さい頃の遊びだけどね」


小さい頃、と言っても、スザクの年少時代を一般の子供と同じにあてはめていいかと聞かれれば、あてはまらないだろう。
スザク自身、境遇上友人は大勢いたが、友達は少なかったせいで、そんな子供じみた遊びは未経験だ。
そんな遊びをする前に、全てを失ってしまったせいでもあるが、それは今は目を瞑る事にした。


「小さい頃の遊びを、何で高校にもなった俺たちがするんだ?」
「ルルーシュとしたいから」


にこり、と笑顔でルルーシュへと答えれば、ため息まじりの返答が帰ってくる。


「…でかけたい口実が欲しかっただけのこじつけか」
「んー…それもあるといえばあるけど、そうやって思った方が記念になりそうじゃない?」


好き合っていれば、いい思い出は沢山欲しいと思う。
小さい頃でさえ、誕生日を一緒に祝う約束は果たされなかった。
その埋め合わせをするわけではないが、ルルーシュとの記念日が増えるのは単純にスザクにとって嬉しい事だ。
ルルーシュという存在が自分の傍にいてくれる明確な証になる上に、周囲への牽制にもなる。
無自覚なこの恋人を狙う人物は、本当に多いのだ。


「お前、結構ロマンチストなんだな。……もてるわけだ」
「焼きもち…」
「馬鹿!違……んっ」
「…だったら嬉しかったんだけどな」
「お前、耳元で、しゃべる、な!」


抱き寄せたままの距離で、低く響く声がルルーシュの耳を擽る。
その感覚にびくりと身体を震わせる姿に、スザクは笑みを浮かべて抱き締めた。
他人との接触を好まないルルーシュが、スザクにだけは躊躇いもなく触れ、触れられる喜びを、こういう時に頓に感じる。


「ホント、変に素直で困るよルルーシュ」
「…何が困るんだ」


少しだけこの鈍さが恨めしくもなるけれど、その罪悪感は見ない事にした。
今は、この目の前の存在が愛しくて、そして


「止まらなくなる」


欲しくて仕方ない。





「ルルーシュ、君に…」


思わず続きそうになった言葉をぐっと飲み込む。
その言葉を言う資格をとうに失った事は分かっていた。
全ては誰よりも愛した彼の願いの為と自らに言い聞かせた一年前と少し前、あの日に、自分という存在は死んだのだから。
しかし、今日だけは、この部屋でだけは、『ルルーシュ・ランペルージ』を悼む『枢木スザク』として涙を流す事を許してくれるだろうか。
そう流れる涙に言い訳をして、ソファに身体を深く沈めたまま静かに目を閉じた。


「…涙には人の体温が効くって、昔ナナリーが言ったな」


『本当はあの時、俺が手を伸ばしたかったって知ってたか?』


そう言って照れた彼の顔が、今も浮かんで消えない。






2009.9.28
ルルーシュ一周忌に捧ぐ。