月光花


「…ル、ルーシュ……?」


その姿を見つけた時、これは悪夢だと自分を誤魔化そうとした。
今この腕に抱く彼の割れた仮面の下から覗くのは、アメジストの輝きを伏せた瞳。
艶のある漆黒の髪は、自らの流す血に濡れて額に張り付いている。
何度も対峙して、その度に自分との考えの違いを実感した相手、ゼロ。
ブリタニアが、威信にかけても捕まえようとしているその人物が目の前にいた。
しかし、紛れもなくこの人物は、スザクの唯一の存在であるその人の姿に他ならない。


「ス…ざ、く?」


掠れた声はいつもの威厳に満ちた彼のものではなく、いつも傍らで響いていたルルーシュの声だった。
自分の名を呼ぶあの瞬間の、満ち足りた幸せを運んでくれていた声は、今は耳を澄まさないと聞き取れない程小さい。


「何で……こんな…っ!」


ランスロットで突入した時、既にそこはもぬけの殻だった。
ただあったのは、床に伏したひとつの黒い影。
それがゼロだと気付き、慎重を重ねて機体に搭乗したまま起こしたその姿は、あまりにも悲惨な状態だった。
はっきり言えば、失血死していても不思議ではない程の血痕が地面には残っている。
慌てて機体から飛び降りて直に触れれば、その身体は異常なほど冷たい。


「自業、自とく…なんだ、ろ…」
「ルルーシュ!!」


あの夏の日、ブリタニアを壊すといったルルーシュの為に、スザクは力を手に入れる道を選んだ。
ルルーシュの目指した世界を作る為に、内部からブリタニアを変えようと決意して枢木家を出たのは何年前の事だっただろう。
彼がどこかで生きている事を信じて、彼の生きる世界を作る為にスザクは家を捨てた。
全てはこの彼の為に。


「スザ、ク…俺、で…」


『軍部の上へ上れ』


「!!」


ルルーシュとしてではなく、ゼロとしてブリタニア軍へ差し出せと。
微かに呟くように響く声に、スザクは言葉を失った。
そんな事をしたらルルーシュという存在はどんな扱いを受けるか分からない。
ルルーシュを守りたくて、選んだ道だったはずだった。
彼の為の地位であって、決して彼を踏み台にして昇りたい道ではない。


「駄目だ!ルルーシュ!そんな事…っ!!」


困ったように笑んだルルーシュを、見ていられなくてその身体を抱き締めた。
流れていく血液は止められなくて、軍へ連れて行き手当てする事も出来るはずがない。
もう手遅れだと、無意識に気付いている。
それでも、失いたくなかった唯一の存在が、自分の手の中から滑り落ちようとしているこの瞬間にそれを認めることなど出来るはずもなかった。


「スザク…」


はっきりと呼ばれるその声に抱き締める手を緩めれば、アメジストの輝きが自分を射抜いていた。
もう動く事など不可能なはずなのに、その身体は二人の僅かな距離をゼロにして、キスを送る。
触れる口唇は、凍る程冷たい。


「お前は、生きて…」
「嫌だ…嫌だっ!!ルルーシュっ!!」


先は紡がれなかった。
『生きて』、その先に待つのは何だというのだろう。
ルルーシュのいない、彼を失った世界で。


「僕は…何のために…」


くたりと腕の中で力を失ったルルーシュの姿に、涙を流す事も出来なかった。
涙は出ない。
ただ、自分の中で何かが壊れて消えた。


「ルルーシュ、ごめん」


ー――君の願いは叶えてあげられそうにない。


ルルーシュの亡骸を抱えたままのスザクが乗り込んだランスロットは、軍部内からの連絡を一切断ち切った。
数時間して現れたその姿は、その後エリア11で鬼神と呼ばれる事になる―――




2006.12.11

新OPカットラストのランスロットに触発されました。あれはラスボスだよ…!