HEAVEN 04
スザクがルルーシュという記憶の欠落を自覚してから数日、許される限りの時間を学園に通う事に当てた。
ユーフェミアの副総督としての仕事が多くないとはいえ、仕事に付き添うだけが騎士の仕事ではない。
日常においての警護なども騎士が中心となって構築される。
ただスザクの場合は異例の配置であった為に、身辺警護に関しての権限は持つものの、実際の任務はユーフェミア自身の身近のみに限られていた。
騎士であるとはいえ名誉ブリタニア人であるスザクでは、身分の上下が国是であるブリタニア軍内では立ち行かない事も多々出てくる。
ユーフェミアもスザクを身近に置ければ満足らしく、どちらかといえば最近のスザクの仕事はユーフェミアの相手となっていた。
そのユーフェミアの意思で学園に通わせた為だろうか、時折騎士としての仕事を外して学園に行けと言われる事もある。
『私は途中で行けなくなってしまったから、あなたにはきちんと卒業して欲しいの』と、最低限の授業には出ろと言われてしまった。
本当ならば恐縮して遠慮すべき事なのかもしれないが、スザクとしては好都合な展開だ。
ルルーシュ・ランペルージという存在。
記憶が欠落しようとも違和感のない生活の中で、唯一の違和感を訴えてくる彼は、改めて見れば自然すぎる存在だった。
酷く目を惹く雰囲気を持つのに、まるで空気のように自分の存在を消そうとする。
成績は中、運動も人並み、クラブ活動は無し、行事はどちらかといえば裏方専門。
生徒会に属しているので学園内に名前は知れているものの、自ら表に出るタイプではない。
ただし、憧れる女生徒は多数。
「―――別に特別な存在ではないはずなんだよなぁ…」
では何故、軍務中の事故――というべきなのかは判断しかねるが――で、彼を忘れたのか。
幼い頃の記憶がぼんやりする部分にも関わっているのだろうか。
「やっぱり本人に聞くのが一番かも」
元々頭で考える事は苦手なスザクだ。
思い立ったが吉日、と言わんばかりにルルーシュの姿を追って教室を出る。
先程出て行く姿を見たのだから、今なら追いつけるはずだ。
「ルルー…」
最近後姿を見る事に慣れてしまったからか、一目で彼の姿を見つけて駆け寄る。
振り返ると思われたその姿は突然ぐらりと揺れて、何の抵抗もなく重力へと引きずられた。
「ルルーシュっ!!」
叫びながらわずかにあった距離を詰めて、目の前で崩れたルルーシュの身体を抱きとめる。
他の生徒の叫び声が聞こえた気がしたが、それよりもスザクは彼に全神経を持っていかれていた。
閉じられた瞳と力なく腕にかかる重みは、ルルーシュが意識を失っている事をスザクへ訴えている。
しかし、ふいに流れたのは一筋の涙。
「―――スザ、ク」
そして共に漏れた一言は小さく、それでもスザクの耳に届くには十分な音量を伴っていた。
その名前を呼ぶ声の、悲痛な痛みも。
それを誰にも見せたくないと言わんばかりに、ルルーシュを抱き締めたまま立ち上がると、彼の頭を自分の胸元へと傾かせる。
衝動が起こした行動に漆黒の髪に隠れた顔は誰の視界にも収まる事はなく、ただルルーシュの涙だけがスザクの意識を揺らしていた。
2007.10.14