キミの為に 世界を壊す


「くっ…!」


無頼から弾き出されたコックピットから、ルルーシュが外の様子を窺う事は出来なかった。
既にダメージの大きいそれに、外ではランスロットが銃を突きつけた状態な事はコックピット内からはもちろん見えない。
ただ、今まで何度も対峙してきた経験の中から、ルルーシュにはその様子は予測出来た。
そのスザクの行動はもちろん、ゼロがどのような策を取っているか分からない事を警戒しての事だ。
今まで何度となく追い詰めながら捕らえる事が出来なかった相手だからこそ。
レーダーを見ても、周りに他の無頼の熱源はない。
注意を向けるのは目の前にいる黒の騎士団を束ねるゼロのみ、とスザクは判断し捕縛方法を模索する。


どのみち、このままではルルーシュに逃げ道はない。
そして、無頼のコックピットもブリタニアのナイトメア同様、外から強制的に開ける事も可能だ。
ともかくこのままでは八方塞だと、ルルーシュはゼロの仮面をつけ、コックピットの解除ボタンへと手を伸ばす。


「駄目だよ、ゼロ」
「マオ!? 何故…!」


突然響いた声に、ルルーシュは伸ばしていた手を反射的に止めた。
もちろんルルーシュからはマオの姿は見えない。
声も響き方が肉声ではない、スピーカーを通った声だ。
どこにいるのかは、例え見えていたとしても判断がつかなかっただろう。
ただ分かるのは、500メートル以内にいるという事だけだ。


「だってソイツ、自分の父親を殺すような人なんだよ。そんなヤツの前に出たら君が何をされるか、分からないじゃないか」
「っ!!」


珍しく、ランスロットのチャンネルはオープンになっているようだった。
一瞬、ランスロットから詰めた息が聞こえた気がした。
それはつまり、マオの言葉がランスロットパイロットにとって肯定、という事なのだろうとルルーシュは冷静に考える。
自分の父を手にかけるという事は皮肉にも、直接的でないにせよルルーシュが目指しているものを表しているかのようだ。
自嘲気味に笑みを浮かべたルルーシュに、孤独なコックピット内では気付く者はもちろん誰もいない。


「キミの頭の中はそれがこびり付いてるみたいだねー」


嬉しそうに言うマオに、スザクは何も答えない。
その沈黙と先程の一瞬を、後悔という言葉へと変換したルルーシュは、勝機を見て脱出を試みる事とした。
今ならば、パイロットの心にスキを見つけられる。
マオへと意識を向けて、精神を読ませようとしたところで逆にマオが口を開いた。


「そうだよねぇ、パイロットのクルルギスザク」
「!! ク…ルルギ…スザク、だと…?」


響いた名に、ルルーシュの声が震えた。


『枢木スザク』


技術部に所属しているはずの、ルルーシュの唯一の存在。


「しかもブリタニア人の為。立派な名誉ブリタニア人だねぇ」
「やめろぉっ!!」


スピーカー越しに響いたランスロットのパイロットの声に、ルルーシュは口唇を噛んだ。
彼の声を聞き間違えるはずがない。
間違いなく、それはスザクの声だった。
しかもルルーシュが聞いた事のないような悲痛な叫び。
いつもルルーシュへ向ける彼の姿、どれを思い出そうとしても、こんな痛みと怯えを含んだ声を知らなかった。
ルルーシュは腿の服を掴む拳を震えるほどに力をこめ、声を抑えて背中を丸める。
知りたくなかった。
いずれは知らなければならなかった事実だとしても。
揺らぐルルーシュの気持ちがマオには伝わらないのか、その歓喜の声は更に高く響いた。


「売国奴との汚名を父親に着せてまで助けたかったの? その、ルルーシュってブリタニア皇家の人間を」










―――いつもその光景を、スザクはモノクロでしか思い出せない。


「父さん!ブリタニアが…!」


空を覆うような戦闘機を見た後、二人は慌てて自宅へと戻った。
スザクがルルーシュの手を引いたまま部屋へと飛び込めば、そこには数人の政治家が既に集まっていた。
その威圧感に押されて、思わず入口で立ち止まる。


「わかっている」


ただそう一言だけ告げた枢木ゲンブは、また大人たちの話へと意識を向けなおす。
その一瞬、父の視線がルルーシュへと向けられた事を、スザクは見逃さなかった。
ルルーシュとナナリーを先に避難先へと案内し、止めるルルーシュを説得して家に戻ったのは、その視線の意味に嫌な予感を覚えていたからかもしれない。


「徹底抗戦を…」
「人質は…」
「先に仕掛けたのはあちらの…」
「生かしておいても…」
「価値は無い…」
「何の為に…」
「死…」


息を潜めて廊下に響く声に耳を傾ければ、流れてくる言葉はスザクにとって受け入れがたいものだった。
日本にやってきたブリタニア皇族のルルーシュは、いわば日本へ宣戦布告しないという呈のいい人質だったはずだ。
それでも攻め入ってきたという事は、ルルーシュは人質としての価値を失った事になる。
敵となったブリタニア皇族の1人である彼を、生かしておく必要は無く、むしろ役に立たなかった事に対しての怒りの矛先とされていた。


このままでは、間違いなくルルーシュは殺される。
しかも、現状の戦局を見れば時間の問題だろう。
それを知って、ルルーシュを連れて逃げられるほどスザクは大人ではなかった。
諦められるほど、大人でもなかった。
子供という立場ゆえに自分達の世界は狭く、広げるには時間が無さ過ぎる。
自分達の居場所を変えられないのならば、状況を変えるしかない。


「スザク!?」
「日本はブリタニアに降伏を宣言する」
「何を…」
「その為に、父さんには死んでもらわないといけないんだ。降伏論を押さえつけてるのは父さんだろう。父さんが死ねば一気に日本は降伏へと流れる」
「…スザク」
「ルルーシュを、殺させるわけにはいかないんだ。その為なら父さんだって殺してみせるよ?」


眉間へと銃を向けて、全く迷いの無い瞳が父親の瞳を射抜く。
たった10歳の少年が、唯一譲れないものを心に持っていた事がこの後の運命を決めたのだ。


「綺麗ごとじゃ、世界は変えられない」


―――後7年、日本への宣戦布告が遅かったならば世界は変わっていたかもしれない。










マオの言葉に、ルルーシュは反射的に顔を上げた。
握った手は、震えて開かない。
ざぁっと血の引く音が聞こえたような気さえした。


あのスザクが人を、父を殺していた。
それも…


(俺を…助ける為…?)


「うわぁぁぁっ!!」
「ゼロ!?」


スザクの叫びが、ルルーシュの世界から遠くに聞こえた。
スザクの精神状態も、ルルーシュのゼロとしての精神状態もマオの理解できる範疇を超えてしまったのだろう。
声は無い。
知った真実を受け入れられなくて、ゼロとしての仮面の剥れたルルーシュの言葉は止まらない。


「ス、ザク…俺はっ…!」
「ルル、…シュ…? まさか…ゼロは……」
「俺が…日本を…全てを…スザクを…!」
「違うっ!ルルーシュ!違うんだ!!」


黒の騎士団のゼロとランスロットパイロットとしての立場ではなく、ルルーシュとスザクとしての立場に戻った時、全てのパズルが組み立った。
知らなかったとはいえルルーシュの手を払い、自らと重ねてゼロを憎んだスザクと、スザクを自分の為に汚させ、彼に夢を見ていたルルーシュと。
近すぎるからこそ、近づけなかった。


「俺は…!」
「ルルーシュっ!!」


もう、心は取り返せない。



2007.01.28  修正:01.29