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「(この声…)」


手足の拘束が解かれた事に疑問を持ちながらも、兵士に押されてスザクの足は自然と歩みを進めた。
身体のあちこちが痛みを訴えている中で、ひどく静かな思考回路が嫉ましくもあり、また嬉しくもある。
咄嗟の声も、首に装着された装置が許さない。
この状況下で声を出せる状態じゃない事に安心して、自分を助け出そうとしている仮面の人物と向き合う。


「ゼロ、時間だ」


隣に存在る、響く女の声に聞き覚えはない。
深く被った帽子で、顔ももちろんよく見えない為に顔での判別は不可能。
おそらくあの時のカプセルに入った女の子ではないのは確かだろうが。
では誰なのだろう、とスザクの意識がそちらに取られている間に、気が付けば身体はゼロと名乗る人物に抱きかかえられて、宙へ跳んでいた。


「(ああ、やっぱり)」


あの一瞬だけの邂逅でも、目に焼きついたあの姿は忘れていない。
身に回された手が、一瞬震えたのはきっと無意識なのだろう。
恐怖のせいか、安堵のせいか。それとも自惚れてもいいのだろうか。
しがみ付きたくなる衝動を抑えて、スザクは静かに目を閉じて衝撃に備えた。


「ずいぶん手荒な扱いを受けたようだな」


おそらくレジスタンスの拠点の一部、そこに二人はいた。
冷静に言ったつもりだろうが、ゼロのその口調には微かに感情が入り混じっている。
おそらく他の誰もが気づかない程度の差だったが、スザクには誤魔化せない。
レジスタンスの姿がなくなってもあくまで素性を隠そうとするゼロに、スザクは付き合いように会話を続けることしか出来なかった。
それを彼が望んでいるのなら、と。
それでもまわりに気を張り巡らせて、他人の存在のない事を確認することは忘れない。


「…ありがとう、助けてくれて」


その一言にびくり、とゼロの身体に震えが走った。
決定的な決別の言葉は、ゼロにとっては全くの予想外のものだったに違いない。
ブリタニアに忠誠を誓った名誉ブリタニア人。
もしあのまま、ブリタニア皇子としての生を続けていたらあるいは、とらしくもない事を考えてもみたくなる程には。


「いや、そんな事を思って何になる…」


自嘲気味に小さく、聞き逃してもおかしくないほどの小さなこの言葉を、スザクは聞き逃さなかった。
寂しそうに、諦めた様に、諦め切れないくせに、諦めた振りをする。
その口調は、幼い頃から大人びた彼が時折零す物と同じだ。


「ゼロ。僕は君によく似た人物を知っている」
「!?」
「…顔を見せてくれないか、姿を」
「っやめろ!」


伸ばされる手を振り払えば、スザクの身体はゆらりとふらつく。
身体に受けた幾つもの虐待は、もちろん今も治ってはいないのだから当然だ。
それでも元々の体力の成せる業か、あるいは精神的なものか。
一歩ふらついただけで体勢を立て直して、先程よりも更に前へと進む。


「…最初で最後のチャンスだ」


言ってまた一歩。
反射的に下がったゼロと、少しずつ、確実に距離を詰めていく。


「呼んでくれれば、僕は君のものだよ―――ルルーシュ」


触れるか触れないかのギリギリのラインで彼の名を呼べば、小さく「スザク」と返る言葉がある。
その言葉を了解と取って、一気に彼を引き寄せると抱きしめた。


「―――やっぱり、泣いてると思った」


偽りの仮面を外せば静かに涙を流すルルーシュの姿があって、目をあわさないように視線を外したその頬をゆっくりと包む。
そして涙の残る頬に口付けると、その身体を緩やかに抱き締めなおした。
偽りの姿のままでも、中身はあの頃の君のままだから。
そう柔らかな声で彼を包めば、抱きしめたスザクの腕の中で、ルルーシュは言葉の代わりにその身体にしがみ付いた。





2006.11.06