確信犯


とある日のアッシュフォード学園の朝。
繰り返される毎日の光景の中何事もなかったはずの朝が、一瞬にしてそのクラス内の雰囲気が変わった事にクラスメイト全員が気づいただろう。


ある種その独特の雰囲気から、クラス内からは一歩引かれて見られていたルルーシュの存在が、スザクという姿を隣に置くと自然とクラス内に溶け込むようになった。
その事に最初に気づいたのは、同じ生徒会に属する二人だけであったが、ここまで来ると気付くとか気付かないとかそういった次元の話ではない。
聞いてはいけないことを聞いてしまったかのように、全員の動きが一瞬止まったのは気のせいではないはずだ。


その爆弾を投げ込んだ一言といえば、


「何で先に行っちゃったの?」


と寂しそうなー少なくてもクラス内の誰もがそう聞こえたースザクの声。
ルルーシュが男子寮に居を構えていない事は、既にクラス中の周知のところだ。
かわってスザクは男子寮の一室を学園から与えられている事も知っている。
わざわざ迎えに行っているのだろうか、そういえば、よく一緒に登校してくるような…などと、クラス内はいつも通りのざわめきの中に、違うざわめきが混じる。


「お前に付き合ってたら遅刻する」
「咲世子さんが、今日はいつもより早く出て行ったって言ってたけど?」


気付いてか気付かずか、スザクは座るルルーシュと視線の高さを合わすように、机の前に屈み込んだ。


「ねぇ、ルル…」
「……スザク」
「ん?」
「…お前、気付いててやってるだろう」
「何の事?」


にこりと笑んだその顔に、ルルーシュは彼の腕を掴むとわざと音を立てて立ち上がった。
その勢いのまま、掴んだ腕はそのままに教室を後にする。
もちろん、その後の教室内は一層のざわめきに包まれた。






「ルルーシュ、授業始まっちゃうよ?」
「別に授業なんていいだろう。一時限目はくだらない歴史だ」
教室に戻る気なんてないと、暗に告げたその言葉にスザクはルルーシュに歩調を合わせる。
その事でスザクの腕が引っ張られる事はなくなかったが、ルルーシュは離す事はしなかった。


「…今日は生徒会の仕事があるから早めに行かないと遅れるって言っておいたはずじゃなかったか?」


歩みは止める事無く、スザクの方を振り向くでもない。
その事に少しだけ悔しくて、徐々に進める話だった核心部分を、いきなり突きつけた。


「だってルルーシュは僕のだって言っておきたかったから」
「なっ! なんだ突然!」


スザクの思惑通りルルーシュは急停止をし、勢いよく振り返って距離が詰まる。
普段表情を隠す事に慣れているはずなのに、こういった事に関すると途端にそのポーカーフェイスが崩れる。
駆け引きをする事に関して、本当は向いていないのだろうとスザクは思う。


「気付いてなかった?すっごいルルーシュってもてるんだよ?」
「…それはお前の方だろう」


名誉ブリタニア人という、学園内でも偏見の目のある立場であっても、スザクの人柄か、今ではそういった視線は無きに等しい。
もちろん最初は差別的な視線を向ける者も多かったが、逆に明るい瞳と笑顔で人気はうなぎ上り。
つられて女子生徒からの視線も増える一方だ。


「僕はイレヴン出身だからね。珍しいだけじゃないの?」


サラリと言ってのけるこの相手が、最近女子生徒から告白された事もルルーシュは知っていた。
律儀にリヴァルがルルーシュに報告に来たのだ。
もちろん断った事も知っているが、全く気にならなかったといえば嘘になる。


「さっきだって」
「なんだ?」
「教室で言えばよかったのに、昨日の夜に僕に言った事。何で教室で言わなかったの?」
「!」


鋭いところを指摘されて、ルルーシュは息を詰める。
確かに、あの場で教室を出たという事は無駄に騒がしかったあの場を煽る事にしかならない。
全ての会話を教室内で終えてしまえば、何事もなかったように一時限目を迎えられただろう。


「ねぇ、ルルーシュ?」


確信犯め…と胸中で毒づきながら、それでもスザクを詰る言葉なんて出てくる筈もない。
先程スザクが言った言葉は、そのまま自分に跳ね返る。


「これ以上、馬鹿な事するヤツが出てきても困るからな」


それでもスザクのように素直に告げる事は出来なくて、逸らした視線はどこを見るでもなく彷徨う。


「出てきても断るだけだよ」


蕩けそうな程の笑みは、教室内どころか学園内でも見る事は叶わない極上のものだった。
見た目より作り笑いになれたスザクの、本来の笑顔を引き出せる唯一のルルーシュもそれに思わずつられそうになる。


「それでも嫌だ」


稀にしか聞く事の出来ない素直なルルーシュの言葉に、スザクは言葉を失ってそのアメジストの瞳を見つめた。
やはり恥ずかしいのか、少しだけ顔を赤くしたルルーシュに、思わず接吻を仕掛ける。
それを逃げるでもなく抵抗するでもなく、ルルーシュはただ受け入れて目を閉じた。
閉じた瞳に再び口付けて、スザクは優しげな笑みを浮かべる。


「…降参」
「当然だ」


満足げな笑みを浮かべたルルーシュは、言った言葉とは逆に、するりとスザクの腕の中へと閉じ込められた。





2006.11.10