テスト



スザクが開いたテキストとにらめっこを開始して数分、隣に座るルルーシュは思わずそれを取り上げた。


「どこが分からないんだ?」


開かれているページは、今の授業範囲ではないものの試験範囲ではある数学のもの。
名誉ブリタニア人として軍務についていたスザクには、もちろん高等教育の基礎はない。
ある程度の知識はもっていたらしいが、こういった事は継続的に学んでいないとするっと忘れていってしまうものだ。
いきなり突きつけられたテキストでは、手がつけられないだろう。


「あぁ、それはまずC1の方程式を微分して…」


説明しながら解いてみせると、納得したように次欄の問題を解き始める。
飲み込みはいいので、スザクならあっという間に授業に追いついてみせるだろう。
しかし、


「スザク、数Bじゃなくてまず数Aからじゃないか?」
「……やっぱりそうだよね」


複雑な方程式に対応するには、やはり基礎だ。
そこが抜けていては応用に対応できない。
少し考えて、ルルーシュは思い出したようにたずねた。


「家に確か去年のテキストが残っていたはずだ。取りに来るか?」
「いいの?」
「もう見る事もないだろうから、持っていっていいぞ」


この申し出に、スザクはルルーシュの好意を有難く受け取ることにした。
しかしこの会話が、後の悲劇を引き起こすとは思いもしなかったのである。


そして、数日後―――
スラスラとつまる事無く解いていくスザクの姿に、ルルーシュはひそかに感心した。
軍務の中いつ勉強しているのだろう、と不思議になる。
ましてやそのテキストは完全に上級者向けで、おそらくクラス内のメンバーのほとんどはお手上げだろうというレベルだった。


「いつの間にそんなテキスト手に入れたんだ?」
「ルルーシュの部屋にあったから買ってみたんだけど…面白いね、これ。すごくひねくれた問題ばっかり」
「悪かったな、捻くれてて」


別にルルーシュがひねくれてると言ったわけではないのだが、なんとなく言葉にそれを含まれている気がする。
スザクがフォローを入れる前にそっぽを向いてしまったルルーシュに、この話題は逸らす事にした。


「ねぇそういえばシャーリーから聞いたんだけど」
「何だ?」
「ルルーシュってテストの成績あんまり良くないんだって?」


正直言ってスザクがこの話を聞いた時は半信半疑だった。
ルルーシュが頭脳面ではずば抜けている事を知っていたので、学年上位にはもちろん名を連ねていると思ったのだ。


「平均は取ってるから悪くはないと思うが」
「何で真面目にテスト受けないの?」
「別に、真面目にテストを受けたから何かになるのか?」


ルルーシュの返事は、スザクの予想通りだった。
『出来ない』のではなく『やらない』のだと。
ルルーシュが出来ないわけがないと思ったスザクの考えは間違ってはないらしい。


「ならないけど、勿体無いよ?」
「勿体無くない」


堂々巡りの会話に、スザクが打開案を打ち出したように明るい声を出した。


「じゃあ今度のテスト、賭けしようよ。賭け事は好きみたいだって言ってたけど」
「リヴァルのヤツ、余計なことを…」


情報源は間違いなくアイツだろう、後で覚えてろよ…!と心中で呟きながら、とりあえずは反論は避けた。
賭け事は確かに嫌いではない。
ただし状況と内容にもよるが。


「負けた方が勝った方の言う事を一つだけきく事」
「ベタだな」
「こういうのはベタな方が面白いでしょ?」
「……」


思案するかのようなルルーシュに、スザクはどうしようか…と考えを巡らせる。
別に賭け事にこだわるわけではないが、ルルーシュとの出来事なら何でも楽しい。
『嫌だ』というなら他の事でも…と思いながらも、ふいにスザクの脳内に名案が浮ぶ。


「駄目だっていうなら、会長とやる…」
「それだけはやめろ!」
「じゃあルルーシュとしかないよね」
「……」


むちゃくちゃな論理と分かっていながらも、引く気のないスザクにルルーシュは勝ち目がない。
よりによってミレイの名を出してくるとは。
彼女はルルーシュが唯一学園内で勝てない相手と言っても過言ではない。
学園一の権力者を把握するくらいにはスザクは学園に馴染みすぎてたらしい。


「…わかった」


無理やり取り付けさせられた約束だったが、もちろんルルーシュは負ける気はなかった。
普段より少し真面目にテストを受ければ余裕だろう、と。
がその予想は遥かに甘かったのだ。
テスト結果が張り出されたその日、ルルーシュは目を疑った。


「何だお前あの点数は!!」


ようやくクラブハウスにいたスザクの姿を見つけて、ルルーシュは一気に階段を駆け下りた。
どうやら校舎から全力疾走してきたようだ、息が上がっている。


「頑張ったよね、僕も予想よりよかったからびっくりしたんだけど」
「自分で頑張ったとかいうな!」


けろりと言ってのけたスザクの叩き出した点数は、ルルーシュの予想を遥かに上回った点数だった。
いくらなんでも学年のTOP20に入るなんて完全想定外だ。
かくいうルルーシュも今回はTOP30入りを果たしており、シャーリーやリヴァル達に散々色々言われたのだが。


「…で、何を命じるんだ?」


覚悟を決めたように腕を組んで立つルルーシュは、スザクから見たら覚悟が決まっていないように見える。
虚勢を張る事になれた彼の姿は、時々脆くも感じるから目が離せない。


「更にベタにいくならそっち方面なんだろうけど…」


ちらりとスザクがルルーシュへ向けた視線へ艶を含ませると、びくりと身体を震わせながらもあくまで平静を貫き通してくる。
その様子に軽く微笑んで、近づく。


「それは止めとく。命令してしてほしい事じゃないし」


極上としか言いようのない、ルルーシュに対してのみしか見せない笑顔が、ルルーシュの身体から力を抜かせた。


「緊張しているのが馬鹿みたいじゃないか…」
「そんな賭け事ひとつの景品で本気にならなくても…」
「その賭け事に本気になったのはそっちだろう」


否定は出来ない。
ランスロットの調整時間まで惜しんで勉強していたなんて事は、ルルーシュには内緒だ。


「でもルルーシュがそれがいい、っていうなら…」
「そんな事言うわけないだろう」
「だよね。…あ、じゃあこうしよう」
「?」
「ルルーシュが僕にしてほしい事言って?」
「―――は?」


気が付けば詰められていた距離は、少し手を伸ばせば触れられる距離で、でもスザクはそれ以上はつめてこない。
笑顔を絶やさないまま、ルルーシュをまっすぐに見つめる視線は言葉よりも真剣そのものだった。


「それが僕のきいてほしい事」
「お前それじゃあ賭けの意味ないだろう」
「あるよ? 言って?」
「―――っお前ホント性格悪くなったな」
「ルルーシュは変わってなくて安心した」


いつまでも縮まらない距離をもどかしく思ったのはルルーシュも一緒で、軽く手を伸ばしてスザクに触れる。
肩を掴んで一気に引き寄せると、逆にルルーシュがスザクの胸へと倒れこむ形になった。
嫌でも体格差を感じて、ルルーシュにとってはおもしろくない。
意趣返しといわんばかりに、スザクの肩に置いた手をするりと首筋に滑らせ、空いた僅かな隙間に歯を立てる。
そのまま軽く噛めば、襟に隠れるギリギリのところに残ったのは所有の赤い印。


「ルルーシュ?」
「…俺の前から消えるな」


小さく漏れた言葉に、スザクは泣きそうにつまる胸の痛みに打たれる。
7年前、唐突な開戦と変化に離れる事しか出来なかった。
数週間前、突然の再会は喜ぶ事すら許されなかった。
数日前、思いがけない出会いは素直に嬉しかったけれど、お互いの立場が邪魔をした。
それでも、今はこうして一緒にいられる。
それがいつまで続くか分からない、脆いものだと知ってはいても。


「約束する。ルルーシュの前から黙って消えたりしない」


『自らの意思では』という言葉は敢えて言わなかった。
軍籍にあるスザクの身では気軽に約束できる事ではないとわかっていたけれど、それでもルルーシュの手の震えに気づいてしまったから。
ただ言葉を紡ぐ事しか出来ない自分が歯痒くて、はじめて軍籍を憎んだ。
その軍籍が、更にルルーシュを追い詰めているとは知らないままに―――




2006.11.23 原案write 12.03 加筆修正&up


シリアス書くつもりじゃ毛頭ございませんでした。
ラブコメ書く気満々でした。
前半いらないと思われます、これじゃあ。