騎士 01
まず、眠れなくなった。
いや、正確には眠らなくなったという方が正しいであろう。
言うまでもなく、ルルーシュの身体は二重生活の疲れから休息を訴えている。
睡眠を満足に取れない身体は体力を酷く消耗し、それを回復する事がなくまた体力を失い、の悪循環に陥っていた。
契機はは些細な事だ。
ただ、目を瞑ると浮かぶあの光景が睡眠を妨げるようになり、そのまま今に至っていた。
あの白い機体のコックピットから覗いたパイロット、枢木スザクの姿が。
数日後に、今度は食欲が落ちた。
というか、無くなった。
あの事件の後、スザクがユーフェミアの騎士に指名されたというニュースを聞いた。
もちろんそれに伴って、その報道後スザクは学園に登校してきていない。
騎士となれば当然だ。
自分の生活ではなく、主となった者の生活に合わせ従うものが騎士という存在。
もうこの学園で姿を見る事はないだろうと、ルルーシュは静かに思った。
スザクの姿を見れない事を悲しいと思う自分もいるが、今は冷静に向き合える自信がない。
他事に関しては冷静さを保つ余裕のある自分が、情けないものだとも思う。
こんな人間らしい感情をまだ持っていたのかと。
「おぉ!スザク久しぶり〜っ!」
ざわつく教室内に、一際明るいリヴァルの声が響く。
窓際で物思いに耽っていたルルーシュには、突然の出来事過ぎた。
反射的に、リヴァルに捕まっているスザクへと視線を向けてしまった。
もちろんスザクがルルーシュを気にしていないはずもなく、目が合ったかと思えばあっという間にルルーシュの元へと駆け寄ってくる。
「ルルーシュ、ちょっと来て」
「は? 突然なんだ、スザク」
「いいから」
珍しく、有無も言わさず手を引かれた。
ただでさえスザクの力に勝てるはずもない上に、睡眠不足と栄養不足のルルーシュの身体はあっという間にスザクのペースで引っ張られてしまう。
教室を出て、校舎からも出て、裏側に位置する中庭へと連れてこられて、やっとスザクの足が止まった。
「ルルーシュ、どうしたの?」
「何がだ?」
「顔色。悪いとかいうレベルじゃないよね、それ。しかもこのちょっとの間にどれだけ痩せたの?」
掴んだ手首はそのままに、スザクは怒りを含んだ声でルルーシュを見つめる。
話すまでは手を離す気はないという事なのだろう。
確かにルルーシュの身体は、この数日で体重を激減させた。
食べなければ当然の結果だ。
もちろん全く食べていないわけではないが、ほとんどがサプリメントなどに頼っている現状では、成長期の身体を維持できるはずもない。
「少し最近眠れないだけだ。そんなに気にする事じゃない」
「……気にしてる?ユーフェミア皇女殿下の騎士になった事」
「何を突然…」
急に話題を変えたスザクの視線が変わった事に、ルルーシュも気づいた。
先程までの、普段教室でも見せる学生としてのスザクの顔ではない。
かといって、自宅に来た時の柔らかな雰囲気でもない。
空気が張り詰めたような、そんな印象を受ける表情だった。
今までルルーシュに向けていたものとは全く違った印象を受ける。
「今日学園に来たのはね、騎士を辞退したからだよ」
「なっ!」
突然のスザクの言葉に、思わず息をのんだ。
ゼロの手を振り払った時、生徒会室で口論になった時、シャーリーの父の葬儀の時。
一貫してスザクが貫いたスタイルは、ルルーシュとは相容れないものだったはずだ。
騎士となれば、その目的に確かにプラスになる立場と権力を持てる。
棄てるなんて選択肢は、あるはずがない。
「お前は内部からこの国を変えるんじゃなかったのか!?」
「そうだよ」
「だったら…!」
「でも僕が膝を折るべき主君はただ一人と決めているから」
「…決めて、いる…?」
「うん、ずっと昔から。だから他の皇族の騎士になる気はないんだ」
柔らかな笑顔、そして続いたのは甘美なる言葉。
「ねぇ、ルルーシュ。…いや、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下」
「!!」
そのスザクの言葉に、ルルーシュの身体はくらりと傾き、意識を手放した。
2007.02.12