騎士 04
「ルルーシュ、お前は何を守るために闘っている?」
部屋が闇に包まれる中、遠慮の欠片も無い彼女はルルーシュのシャツを羽織ると、彼のベッドへ腰掛けた。
だからといって色っぽい展開が待っているわけでもない。
この状況だけを見れば、会話の内容は酷く不釣合いだ。
「決まっている。ナナリーを守る為だ」
「それはお前の本音か?」
「当たり前だ。何を突然言い出すんだ?」
いや、と納得したのかしていないのか、曖昧な返事を返してC.Cはベッドへと潜った。
「道を見誤れば、本当に大切な物は帰ってこなくなる。選択とはそういうものだ」
「そんな事、嫌と言うほど味わってきた。今更…」
母を失い、妹の光と自由を失い、自身も死んだように生を過ごしていただけの存在だ。
唯一の存在すら、自分とは遠い場所へと去ってしまった。
これ以上、何を失うというのだろう。
少なくともこの時のルルーシュには、C.Cの言葉と浮かべる表情の意味が受け取れなかった。
「―――っ!!」
「その為に、ここまで来たんだ。他のナイトメアを足止めして」
言ってランスロットのコックピットを開けば、暗い地下内にパイロットスーツに身を包んだ彼の姿が浮かびあがった。
何度も見た姿なはずなのに、その身を包む白が闇の色を纏うルルーシュには眩し過ぎる。
まるで、スザクがルルーシュの知らない人物のように見える錯覚に陥ってしまう。
「何で、お前……いつ…!」
「この前、ルルーシュを部屋に連れて行った時」
珍しく目覚めた時にスザクの姿がなかったあの日。
ルルーシュが感じた違和感は間違いではなかったのだ。
ぎり、と歯を食いしばれば、口内に微かに血の味が混ざる。
スザクには、知られたくなかった。
自分がスザクと違う道を目指した事ではなく、何より自分が味わったこの気持ちを、スザクには味あわせたくなかったのだ。
そして自分が最後までゼロとしてブリタニアを破壊する事が出来たなら、その正体を明かさずにひとつの計画を遂行するつもりだった。
『枢木スザク』へ日本を返す為に、新たなるこの地の統治者の為に、黒の騎士団の統率者『ゼロ』として最期の役目を果たす事を。
「本当はね、きっともっと早くから気づいていたんだと思う。ただ認めたくなかっただけで」
コックピットから降り立ったスザクは、ルルーシュの機体の側へと足を向ける。
機体の横に立つ、ルルーシュの元へ。
分かっていても、ルルーシュの足は凍りついたように動かない。
まっすぐに向けられるスザクの視線を、逸らす事も出来ない。
「僕が守りたかったのは、変えたかった国は、日本でも、ブリタニアでもない。ただルルーシュが笑顔で過ごせる国だったんだ」
――― 一歩。
「黒の騎士団でルルーシュの世界を作れるなら、俺はブリタニアを捨てるよ?」
また一歩、確実に。
「だってルルーシュの取る手段が間違っているわけないんだから」
スザクがルルーシュへと向ける視線が柔らかに蕩けて、先程までのナイトメアパイロットとしての顔が消えた。
一切の穢れも許さない、白を纏った騎士の姿のまま、表情は『ルルーシュ』の知る『枢木スザク』へと変わる。
その姿はルルーシュの求めていたはずのものなのに、違和感を覚えずにはいられない。
「だから、呼んで。あの時みたいにゼロの言葉じゃなくて、ルルーシュの声で」
極上の笑顔、そして響いたのは甘美なる言葉。
あの時、騎士となる主人は決めていると言った、スザクの言葉に重なるように。
「ねぇ、ルルーシュ」
睦言を紡ぐように低く響く声。
ぞくりと背筋を這う感覚は、スザクにしか引き出された事の無いもので、意識が侵食されて理性が崩されてゆく。
この『枢木スザク』を望んではいけないと、頭のどこかで警鐘が鳴っている。
しかし目の前にあるその誘惑に勝てる程の強さは保てなくて、唯一の存在を求めてやまない自分を止められない。
「…俺の側に、スザク」
反射的に伸ばしたルルーシュの手を優しく包んで、スザクは騎士の礼を取るとその手の甲に口付けをする。
膝をついてルルーシュへと向ける瞳は、あの日ルルーシュを真の名で呼んだ時と同じ瞳の色だった。
けれど、あの時と違うのはその奥の鈍い光。
「貴方に、忠誠を」
「スザク」
落とした名が合図のように、スザクが掴んでいた手を強く引いてルルーシュを抱き寄せる。
ふふ、と耳元で笑いを浮かべるスザクを、ルルーシュは彼の背に回した手に力を籠めて抱き締めた。
お互いに求めたのは、唯一人の存在。
他の全てを棄ててしまえたなら、よかったのに。
「ルルーシュ、愛してるよ」
地面に落ちたゼロの仮面は、カツンと鈍い音を立ててて罅割れていた。
2007.02.15