悪夢


目の前が真っ赤に染まっていた。
流れる鮮血と対照的に、開かれた母の目は黒く濁ってもう何も映すことはない。
その腕の中で震える妹の足には、大きく穿たれた銃痕。
止まらない血液は彼女の生存を意味するが、位置がずれれば致命傷となるほどの深い傷。
消える事のないそれは、まるで事件を忘れさせない為に在るようだった。


ブリタニアを許すな、と―――


繰り返し見るのは7年ぶりに再会した友人の死。
大量に殺されたイレブンの姿。
そして、ギアスを使って初めて命じた自決。
広がる色は一面のあか、アカ、赤、真紅…


ブリタニアを―――


「……シュ、ルルーシュ!」
「っ!」


慣れた声に、呼ばれて意識が一気に浮上する。
照明が落ちた部屋は、月明かりが差し込むだけだったが目の前の人物を判別するには十分な明るさだった。
長い間一緒に過ごして、見慣れたあの時より数年大人びた彼の顔。
夜の気配と相まって、普段の彼より大人びて見える。


「ス、ザ…ク」
「大丈夫?だいぶ魘されてたけど」


スザクにサラリと前髪をかき上げられると、汗で湿ったルルーシュの髪がさらりと流れる。
素肌に直接触れるシーツが冷たい。
時計を見ればスザクがベッドを離れてからそうは経っていないはずだが、記憶が曖昧で確信はもてなかった。


「…ドコ」
「ん?」
「何処に、行ってた?」
「あぁ、目が覚めたらこれいるかなって。喉痛いでしょ。飲む?」


渡されたコップを素直に喉に流しこめば、確かに自覚はなかったが喉が渇いていたらしい。
散々声を上げたのだから当然と言えば当然だ。
更に目に焼きついた悪夢に揺さぶられた精神は、こくりと水分が体内へと染込む度に薄れていく気がする。


「でもごめん。一人にして」


ルルーシュがサイドテーブルへとグラスを戻したのを確認して、スザクは先程までの激しさを忘れたかのようなキスを贈る。
優しく触れて、啄む様に角度を変えて繰り返すそれに、ルルーシュは軽く口唇を開いて先を求めずにはいられない。
気がつけばスザクの首に手を回し、ルルーシュの何も纏わない身体は彼のシャツ越しに体温を分けていた。


「…明日学校でしょ?」
「スザクがいなくなるから悪い」


眠れない、と続くその言葉は、何の変哲もない言葉だ。
しかし、その言葉の意味するところを知るスザクにとっては、くらりと脳内を甘い痺れが駆け抜ける。。
普段は弱音を吐かないルルーシュが時折零す我侭に、逆らう事なんて出来る筈もない。


「大丈夫。僕がいるから。これからは僕にルルーシュを守らせて」


胸元への接吻を合図に、二人は夜の闇に再び堕ちていった。





2006.11.07